ふと思ったのですけどやっぱり不健康や傷とか自殺が生きて行くには必要なのかもしれないと思いました。

わたしがイメージしたのは、5年生の授業で、お互いの体を傷つけ合うという授業。そういうのが必修になれば、もっと生きやすいのかしら。とも。生きにくいときに身体を傷つけるってやりかたがあるよ。あるんだよ。わたしはそんなこと上手くやれとか軽く済むように言っているわけでもない。ただ積極的に、ケガの必要性を思っているのだ。むかしはほんとわたしはよくケガをした。小さい頃は階段から転げ落ちて頭を切ったり、サッカーボールが当たって手を骨折したり、大人になってからは猫テスに喰われて病院がよいもした。無駄に毛が生えていた頃は毛穴ほじくって抜いていた。今はそんなこともないから、傷は少ないけど、やっぱりケガ、恋しい(毛は恋しくない)。

うちの夫、やっぱり無職を続けられなかった弱い人間であるうちの夫は、そんな腹回りじゃ死ぬよう、メタボリック・ドラマティック死ぬよう~~ってわたしが保健的な視点からアドバイスをしているのに、ぜんぜん食生活や運動習慣を改めようともしない。チベットで死んじゃうよう、ほんと・・・。あんなノーマルなひとでも、あんな出腹を放置して、チベットの地へ、まるで自殺行為。ヨコになってテレビを見ながらコーラ飲んでポテトチップスをバリバリ。それじゃほんとにダメってば・・・。

ああ、だけどやっぱり身体にわるいことがみんな好きなのね。しょうがないわー。ケガが足りなかったらケガするといいでしょう。それともわたしだけかもしれない。一種のひとだけなのかもしれない、わたしはもう喧嘩をしたくないので、喧嘩しそうなときはケガをこさえたり病気をこさえたりするの、それで安全きわまりないひととなるの。元気ってのはほんとに害悪だわね。人生にはケガが必要なのよ、とかいいつつピアスも怖くてあけられないというわたしである(でも、ちょっと開けたくなってきた)。